初めまして、ばびろにあと申します。

キャリアを歩みつつ、海外大学院で学ぶ社会人大学院生。
23年10月〜LSHTM(MS Public Health in Distance Learning)に進学。元薬剤師。
関心は薬剤疫学。IELTS :OA6.5(23.2)
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私は今、働きながらLSHTM (ロンドン大学熱帯医学大学院)のオンラインコースで公衆衛生を学んでいます。
元々はあるきっかけでMPHを目指したのですが、紆余曲折して世界トップの大学院の1つのLSHTMでMS public healthに進学することにしました。
しかも、働きながら、オンラインで人生を変えるべく日々勉強しています。
具体的に入学までの経緯や今学んでいることは今後書いてきます。
この回は、そもそもなぜ今勉強をしているのか、なぜ公衆衛生なのか、なぜLSHTMなのか等全て包み隠さず吐き出します。
そもそもばびろにあって誰?だと思いますので、自己紹介です。
ばびろにあの自己紹介

キャリアを歩みつつ、海外大学院で学ぶ社会人大学院生。
23年10月〜LSHTM(MS Public Health in Distance Learning)に進学。元薬剤師。
関心は薬剤疫学。IELTS :OA6.5(23.2)
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都内の大学に6年通い、部活にサークル、バイトをして勉強はテスト直前に必死に頑張るだけのよくいる大学生でした。
授業にはほぼ出ず、テスト前に資料集めと直前の粘りでで何とか留年もせず卒業することができました。
新卒で製薬会社の営業のMRになり、開業医、期間病院、KOLの担当で全国出張など、本当に幅広く、楽しく仕事をしていました。
そんな楽しかった製薬MRを経て、数年前に薬局経営も視野に入れて薬局薬剤師に転職し今に至ります。
モヤモヤしながら過ごす日々

薬剤師として働き始めてた当初はわからないことが本当に多くて、覚えるのに必死でした。
だんだん慣れてきた時にふと思ったことが、「あれ?このまま薬剤師として働いていいのかな」でした。
語弊がないようにするために書きますが、薬剤師の仕事が悪いなどとは全く思っていません。
むしろ、素晴らしい薬剤師の先生方も多いですし、知識も幅広いすごいなと尊敬する先生もいます。
ただ、私の中では薬剤師としてこのまま働き続けることは正解なのかどうかは答えが出ませんでした。
当初描いていた、『開局して地域の人たちに貢献することが本当にやりたいの?』と素直に頷くことができなくなっていたのですが、根本の理由はわかっていません。
仕事自体は一切手を抜かず行っていたので、幸いにも役職は少しずつあがっていました。
ただ、このまま会社員として1人の薬剤師で働くのか、開局して社長になって薬局経営をするのか、はたまた大胆に海外で薬剤師として働けるようにすべきなのか本当に日々モヤモヤした日々が続きます。
漠然とした悩みを持つ日々を過ごしてた、よくいる社会人の1人でした。

この当時は、とにかく悩んでいました。
- 人口が減り続ける日本でしか仕事ができないままでいいのか
- 本当に、薬剤師として一生を終える人生でいいのか
- 開局して地域の人に貢献することは、心の底から挑戦したい事なのか
- 薬局で薬がないないと騒ぐ患者さんの対応がしたかった事なのか
- かっこいい父親であるためにはどうあるべきか
こんなことを家族が寝静まったタイミングで毎晩のように自分に問いかけていました。
でも、簡単に答えが出る訳もなく同じことを繰り返す日々を過ごしていました。
幸い、当時から嫁や子供、祖父母との関係は良好で喧嘩もなくストレスはありませんでした。
ただ、仕事が終われば家に帰ってご飯とお風呂を済ませ、当時ハマっていたキャンプ動画を見ながら1時くらいまでお酒を飲み、7時くらいに起きてダルく眠いまま支度を済ませ出勤する。
そんな日々を繰り返す日々。
そんな日々を変えた、たった1つのきっかけ
こんなモヤモヤしながら過ごすする日々をある1つのきっかけが変えました。
上に書いたような日々を過ごしていたある日、ふとtwitterを見ていると企業で薬剤疫学をしている方の投稿を見ました。
正直、真っ暗だった視界が急に明るくなり、「これだ!!」とここに進む決心をしました。
30代半ばの誕生日だったのは今でも覚えています。
このきっかけから、薬剤疫学という分野を知り、MPH (公衆衛生学修士)を取ることに決めました。
(今更ながら思うのは薬学部の経験を活かし、いきなり博士課程で公衆衛生を学びにいくのも選択肢としてありだったかもしれません。研究は教授の実験の手伝いしかせず、卒業後も何もしていないのでMPH取得を目指して後悔はありません。)
大学院に進学することを決心したのですが、これには明確な動機は薬剤疫学です。
決心した理由には他にもあります。
ずっと私が働く中で軸にするべきと考えていたことがあって、
①世界で戦えること
②新しい物を生み出すこと
③死ぬまで働けるようにすること
この3つはずっと考えていました。
これもあり、日本で薬剤師として働くことに疑問があったのです。
twitterで「薬剤疫学」の分野を見つけてから必要なものを調べてみました。
そこには、MPHは日本で取っている人があまりいないこと、私が住むエリアで学べる可能性があること、薬剤師の資格と合わせたらキャリアの可能性が広がることがわかりました。
これはやるしなかない!!と思い更に調べてみる。
海外でもオンラインで学べるかもしれないことも判明。
海外の大学もかなりいいなと思いつつも決めきれず、早速近くの大学の情報収集を開始。
TOEICのスコアは問題なさそうだ。
ただ、どうやら、教授の許可が必要だとわかったので、教室に連絡をしてみました。
こんな目標がある
勉強したい
社会人の勤務時間は調整できるなど
色々盛り込んだ。
入るために具体的にどうするべきかなど返信があると信じていました。
1週間くらい経過して返信があったのですが・・・
まさかの研究室から断られる。
全く想像もしておらず、大学院に進学したいって言っても断られるのは想定外でした。
年齢に社会人のまま修士に入りたい(社会人修士OKと書いてはありましたが)、研究費の問題等色々あったのでしょう。
ふと思ったのが、日本は勉強したいと思っても断られるのか(海外かぶれ感あってすいません)と通勤途中に思ってしまいました。
逆境になり、本当にやりたいか考える
途方に暮れ、本当に勉強したいのか、勉強するならどうしたらいいか考え続けました。
結局、諦めきれない私は海外大学院に進路を変更し公衆衛生を学ぶことを決意しました。
これが現在の海外大学院に進学するまでの経緯です。
ただ、偉そうに色々言ってはみたものの、進学するにしても全く情報がないので情報収集から開始。
TOEIC 800点くらいで余裕だった地元の大学院の院試も海外となると絶対足りていないのは明らか。
英語も勉強しなくてはならないし、噂にはTOEFL以外にもIETLSというものもあるらしい程度。
大学も、英語も、学び方も手探り状態の1年がスタートしました。
本当に紆余曲折があったなと書きながらしみじみ感じてしまいました。
私が経験した事は全て包み隠さずに今後アップしていきますので乞うご期待。
こんな記事を書いてほしいなどあればコメントをください。
それでは!!
ばびろにあ

